宿主を性転換させる寄生バクテリア(ついでに若返り最前線)
宿主を性転換させる寄生バクテリア
2010.01.26
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/2220/
寄生バクテリアの一種、ボルバキアに感染したハチの卵。染色により感染の様子が観察できる。
Photograph courtesy Merijn Salverda and Richard Stouthamer via NSF
急速にその数を増やしている寄生バクテリアがいる。このバクテリアは、宿主を性転換させて単為生殖化を引き起こすだけでなく、宿主を“気味の悪い怪物”に変身させてしまう。このような大惨事ともいえる生殖異常を引き起こす仕組みが最新の研究で解明された。その方法とは、免疫系を停止させることだという。 キョウソヤドリコバチをはじめとする寄生ハチ3種のゲノムを初めて解読した研究者チームによると、バクテリアの一種であるボルバキアはハチの遺伝子を操作し、バクテリアの侵入に対して警報を発するタンパク質を抑え込んでしまうという。その結果、バクテリアに対する防御機構が機能せず、ボルバキアは悪事を働くことができる。
この仕組みは、ボルバキアが宿主とするダニやクモ、線虫などの昆虫への感染でも使われている可能性がある。これらの生物すべてにおいて、宿主の生殖システムが改造される現象が起きているのだ。その結果は実に奇妙で、明らかにオスを不要とする生殖戦略が取られている。
ボルバキアに感染したオスは、生殖能力のあるメスに性転換するか命を奪われる。メスの場合はオスを必要とせず、単独で子を作らせる。また感染したオスの精子は、非感染のメスと交配しても正常に受精できず子孫を残せない。
オスがこれほどひどい仕打ちを受けるのは、ボルバキアは最小限の細胞質しかない精子に潜り込めないためだ。卵子に感染したメスのみがボルバキアを子孫に伝えることができる。
「人間の世界ではSFかもしれないが、昆虫の世界では正真正銘の現実だ」と、アメリカ、テネシー州のヴァンダービルト大学で生物学の教授を務めるセス・ボーデンスタイン氏は話す。同氏は今回の研究を行った国際コンソーシアムの一員である。
ボーデンスタイン氏が“性の操り人形師”と呼ぶボルバキアは、フランケンシュタイン張りの改造を宿主に行うことで、ほかの寄生生物より優位に立っている。宿主を殺すことなく繁殖できるため、宿主の繁殖とともに宿主の子孫へと広がっていくチャンスが大きいのだ。
事実、ボルバキアの生存戦略があまりに優れているため、“動物界でも特に成功を収めている寄生生物”と称される。ボーデンスタイン氏によると、クモやダニが属する節足動物の約70%に感染しているという。「腐った果物などに留まるハエはどこにでもいるが、ボルバキアが感染している可能性が高い」。
ただし、ボルバキアの仕事は常に正確なわけではない。時には中途半端に終わり、半分オスで半分メスという“気味の悪い怪物”を作り出すことがあるという。
ボルバキアが遺伝子に破壊行為を仕掛ける正確な方法はわかっていない。ただし、ボルバキアが単に感染するだけではなく、宿主のゲノムに自身の遺伝子の一部を移しているのは確かだ。
具体的なプロセスははっきりしていないが、ボルバキアは宿主の生殖システムに感染することで、自身の遺伝子が宿主の遺伝子に吸収される可能性を高めているとボーデンスタイン氏は考えている。
ボルバキアが宿主の間で広がっていく仕組みの中でも、特に宿主の子孫への伝播方法がわかれば、昆虫によって媒介されるマラリアやデング熱などの感染症の拡大を抑制できるかもしれないとボーデンスタイン氏は期待を寄せている。
例えば、蚊に遺伝子を挿入し、マラリアの原因となるバクテリアへの耐性を持たせる方法は既にわかっている。ただし、この遺伝子をすべての蚊に広げる効果的な方法は見つかっていない。
このような遺伝子をボルバキアのゲノムに組み込むことができれば、ボルバキアが“自動機械”の役割を果たし、蚊から蚊へと遺伝子が伝わるかもしれない。 ボーデンスタイン氏は将来的な用途に期待しつつ、「基礎科学の見地からも非常に興味深い。バクテリアのように単純な生物が複雑な宿主の性や生殖を操作できるなんて」と今回の研究成果を喜んでいる。
この研究成果は「Science」誌の1月15日号に掲載されている。
ついでに若返り
https://www.afpbb.com/articles/-/2838747
研究の主著者、仏モンペリエ大学(University of Montpellier)機能ゲノム学研究所のジャンマルク・ルメートル(Jean-Marc Lemaitre)研究員は、AFPの電話取材に「細胞再生の新たな実例だ。細胞の老化は、決して再プログラミングの障壁ではない」と語った。
体内のあらゆる細胞に分化する可能性を持つES細胞は、病気にかかった臓器や体組織を実験室で培養した健康な細胞に置き換えられるとして長年注目されている一方、倫理面や技術面の問題を抱えている。
2007年、特定の成人の細胞を特化する前の未熟な状態に戻せることが発見されると、患者自身の細胞を使って、まっさらな筋肉、心臓、脳細胞などを作り出す取り組みが活発化した。
ただ、これまでのところ、いわゆる人工多能性幹細胞(iPS細胞)の通常の作製手法は、高齢者ではあまり、または全く機能しないことが分かっている。障壁となっているのは細胞の老化で、細胞内の特定のメカニズムが適切に機能しない状態まで劣化すると細胞死を引き起こす自然のプロセスだ。
ルメートル氏の研究チームは、新たに2つの転写因子、NANOGとLIN28を追加するiPS細胞作製手法を開発。74歳~101歳の被験者で実験したところ、染色体の末端にあり年齢を重ねるとともに摩耗していくテロメアなど、細胞老化のいくつかの重要なマーカーを「リセット」することに成功した。遺伝子発現プロファイル、酸化ストレス、細胞内のミトコンドリアの代謝も再生したという。
ルメートル氏は、老化した細胞を若返らせる新たなiPS細胞の作製手法が「細胞ベースの高齢者医療における最適な戦略になり得る」と述べている。(c)AFP/Marlowe Hood
「寿命は50年伸ばせる」
エピゲノム編集は
「若返りの泉」となるか?
老化に関わる遺伝子のスイッチのオン・オフを切り替えるエピゲノム編集技術で、マウスの若返りが実証されている。ソーク研究所の研究者らは、この技術を人に応用すれば、人の寿命を30~50年は伸ばせるかもしれないと考えている。 by Erika Hayasaki2019.08.23
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背中を丸めて腹ばいになり、まばたきをする以外には微動だにしない黒いマウスが画面に映し出されている。このマウスの臓器は弱っており、数日後には死んでしまうかのように見える。わずか生後3カ月のこのマウスは、遺伝子の突然変異によって引き起こされる、老化が加速する病気「プロジェリア症候群(早老症)」に罹っている。
私は、サンディエゴのソーク研究所の遺伝子発現研究室で研究に取り組むスペイン人、ファン・カルロス・イズピスア・ベルモンテ教授のもとを訪れている。イズピスア・ベルモンテ教授は、弱った黒いマウスの次に、目を疑うようなものを見せてくれた。ある若返り薬で治療を受けた同じマウスが、元気に動き回っているのだ。「この薬には完全に若返りの効果があるのです」。いたずらな笑みを浮かべながら、イズピスア・ベルモンテ教授は述べる。「体の中を見ても、明らかに、すべての臓器、ひいては細胞までもが若返っています」。
イズピスア・ベルモンテ教授は、やり手ながらに物腰の柔らかな科学者であり、想像を超えた能力を使うことができる。これらのマウスは、まるで若返りの泉の水を口にしたかのようだ。イズピスア・ベルモンテ教授は、老化で死にかけている動物を若返らせ、時間を巻き戻すことができる。しかし、興奮も束の間、すぐに冷や水を浴びせられた。マウスへの若返り治療は非常に強力なものだったが、これらのマウスは治療の3、4日後に、細胞の機能不全または腫瘍の発生により死亡したのだ。これは、若さの過剰摂取だと言えるだろう。
イズピスア・ベルモンテ教授がマウスに使った強力なツールは、「リプログラミング」と呼ばれるものだ。リプログラミングとは、遺伝子のスイッチのオンオフを決定する細胞内の化学的なスイッチ、いわゆる「エピジェネティックマーカー」をリセットする方法だ。エピジェネティックマーカーを消去すると、細胞は、自身が皮膚細胞だったのか、あるいは骨細胞だったのかということを忘れ、より原始的な初期胚の状態へ戻る。リプログラミングの手法は、研究室で幹細胞を製造する際に使用されている。しかし、イズピスア・ベルモンテ教授は、リプログラミングをすべての動物へ適用することを目指す科学者たちの先頭に立つ人物だ。より正確に制御できるようになれば、人体への適用も視野に入れている。
イズピスア・ベルモンテ教授は、エピジェネティックなリプログラミングが、ヒトの寿命を大幅に延ばす「不老不死の薬」であると立証されるかもしれないと考えている。先進国では、過去2世紀の間に平均寿命が2倍以上に伸びた。小児用ワクチンやシートベルトなどによって、かつてないほど多くの人々が、途中で死なずに寿命まで生きることができるようなったためだ。しかし、ヒトの寿命には限度がある。イズピスア・ベルモンテ教授によれば、人体は抗いようのない衰弱と劣化によって死に向かっていくのだという。「老化とは、細胞レベルで起こる分子の異常以外の何物でもありません」。イズピスア・ベルモンテ教授は、老化はいまだかつて誰も勝利した者がいないエントロピーとの戦いなのだと述べる。
しかし、世代を重ねるごとに、新たな胚の形成時にエピジェネティックな情報(エピゲノム)がリセットされ、新たな可能性が生じる。個体のクローン作りにおいてもリプログラミングは利用されている。雄成牛のクローンである子牛のDNAは、親の牛とまったく同じ配列だが、エピジェネティックな情報は刷新されている。いずれの場合も、子は、イズピスア・ベルモンテ教授がいうところの、蓄積した「異常」を引き継ぐことなく生まれるのだ。
イズピスア・ベルモンテ教授が提案しているのは、さらに一歩進んで、新しい個体を作らずに、老化に関連する異常を逆行させるということだ。この中には、ヒトのエピジェネティックマーカーの変化も含まれる。すなわち、DNAを巻き付けて遺伝子のオン・オフスイッチの役割を担うヒストンというタンパク質や、DNAにメチル基を付加する化学的な反応(メチル化)を変化させるということだ。これらの変化が蓄積すると、ヒトの老化に伴い細胞の機能が低下するが、イズピスア・ベルモンテ教授を含む一部の科学者たちは、エピジェネティックな変化こそがヒトの老化の原因の一つだと考えている。この考えが正しければ、リプログラミングの手法でエピジェネティックな変化を操作することで、人の老化を逆行させられるかもしれないのだ。
イズピスア・ベルモンテ教授は、エピジェネティックな調整は「ヒトを永遠に生かすものではない」と警告しているものの、ヒトの寿命を延ばすことはできるかもしれないのだ。彼は、ヒトの寿命は少なくとも30~50年は伸ばせると考えている。「130歳まで生きるであろう子どもは、すでに存在していると思います」。イズピスア・ベルモンテ教授は語る。「この子がもう生まれていることを確信しています」。
若返りの因子
イズピスア・ベルモンテ教授がマウスに施した治療は、日本の幹細胞研究者である山中伸弥教授が、ノーベル生理学・医学賞を受賞した発見に基づいたものだ。2006年以降、山中教授は、4種類のタンパク質を成人のヒト細胞に加えることで、細胞の外見や働きが、新しく形成された胚のようにプログラムされ直すことを実証してきた。山中因子と呼ばれるこれらのタンパク質は、細胞のエピジェネティックマーカーを刷新し、細胞を白紙状態に戻す。