宇宙誕生時に起きた重力異常と同じ現象をワ イル半金属の実験で確認

宇宙誕生時に起きた重力異常と同じ現象をワイル半金属の実験で確認-IBM などIBM チューリッヒ研究所、ハンブルク大学などの国際研究チームは、トポロジカル物質の一種であるワイル半金属において、「混合軸性重力異常」と呼ばれる量子異常現象を確認したと発表した。
この異常現象は、従来の理論ではビッグバン直後の初期宇宙や中性子星内部、高エネルギーの粒子衝突実験で作られる超高温(数兆度)のクォークグルーオンプラズマといった特殊な条件下で現れると考えられてきたもので、いままで実験的に観測されたことはなかった。今回、実験室内における固体試料の観察によってこの量子異常が確認されたことは、物理学の基礎研究としても、固体物理のデバイス応用の上でも重要な成果であるとしている。研究論文は、科学誌「Nature」に掲載された。
遠い宇宙でしか起こらないと考えられていた重力異常を地上の実験室内に置かれた結晶材料の観察によって確認した(出所:IBM)
特殊な条件を置くことによって、古典物理学基本法則であるエネルギー・電荷・運動量などの保存則が、量子力学のレベルで破れる場合がある。古典的な保存則に関するこのような破れは「量子異常」と呼ばれる。
今回の研究で扱っている量子異常は「カイラル異常」というもので、ワイル半金属の内部にペアで存在するワイル粒子の対称性の破れに関係している。
ワイル半金属は東北大学などの研究チームによって 2016 年に発見されたばかりのトポロジカル物質である。この物質は三次元の固体であるが、二次元薄膜のグラフェンなどとも共通する電子的性質をもっている。
グラフェン内部の電子は質量ゼロの粒子(ディラック電子)として振る舞い、光速の 1/100 程度という超高速で動くようになるため、相対性理論による影響を考慮する必要があることが知られている。ワイル半金属の内部にも、グラフェン中のディラック電子に似た質量ゼロの粒子が存在すると考えられており、ワイル粒子と呼ばれる。
ワイル粒子には、カイラリティの符号が異なる 2 つの粒子がペアになって現れるという特徴がある。
カイラリティとは、粒子のスピン方向と粒子の直線的運動方向が同一方向にそろっている場合(平行状態)と、反対方向を向いている場合(反平行状態)を識別する指標である。カイラリティの符号の正負によって、右回りの粒子、左回りの粒子というように粒子を区別することができる。
通常、ワイル半金属ではカイラリティの符号が異なるワイル粒子がペアで現れ、右回りと左回りの粒子は同数だけ存在するとされる。これは、粒子のカイラリティに対して古典的な保存則が適用され、左右のカイラリティがそれぞれ保存されていることを意味する。
ここで何らかの原因によって右回りの粒子が左回りに変化したり、または逆方向の変化が起こることによって、右回りの粒子数と左回りの粒子数が一致しなくなる状態がカイラル異常である。カイラル異常は古典的な保存則の破れた状態であるため、量子異常の一種であるということができる。
カイラル異常を引き起こす原因となるのは、アインシュタイン一般相対性理論で記述される重力効果、すなわち強い重力場による時空の歪みだけであると考えられてきた。カイラル対称性が破れた量子異常は、混合軸性重力異常とも呼ばれる。
こうした重力異常が実験的に確認されたことはこれまでになく、高エネルギー状態の初期宇宙におけるクォークグルーオンプラズマなど、特殊な条件でしか実現できないとだろうと予想されていた。しかし最近になって、混合軸性重力異常が、時空の歪みがないワイル半金属内において、磁場中での熱電輸送と緊密な関係があることが相対論的な場の量子論などとの関係でわかってきたという。
研究チームは今回これを実験的に検証することを試みた。実験では、ワイル半金属であるニオブ-リン化合物(NbP)の固体試料をマイクロリボン状にしたデバイスを作製し、デバイス上に温度勾配をつくり、強い磁場をかけながら磁気コンダクタンスの測定を行った。この測定データを分析したところ、混合軸性重力異常の場合に予想されるのと非常によく一致する結果が確認できたという。
今回の研究に参加した弦理論研究者 Karl Landsteiner 博士は「宇宙の始まりに起こった対称性の破れと同じことが、現在の地球上でも起きるとを明確に結論づけることができた。信じられない発見で驚いている」と話している。
また、IBM では今後、ワイル半金属で確認されたこの性質を利用することによって、センサ、スイッチ、熱電クーラー、環境発電デバイスといった分野で、これまでにない性能をもった固体デバイスの研究開発を進めていくとしている。